おっ、「バンテージ・ポイント」、レンタル屋に並んでるじゃん!
……って、おーーーいっっっ!!!!!

と、まあそんな小ネタはともかく、いろいろ観てます。
「スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ」/Fさんと映画館で鑑賞。予想どおりとはいえ、”もしこれが実写だったら……”という幻影に最後までつきまとわれる作品。変にデフォルメされた動きのごこちない登場人物たちには感情移入がしづらいし、CG制作がILMではなく中国系(シンガポール?)のプロダクションだったり、音楽の演奏がロンドン交響楽団ではなくプラハ・フィルハーモニック・オーケストラだったり……と、全体的に安い感じが漂っているのも残念(それにしてもテーマ曲のあのヘンテコな編曲はなんだ?)。とはいえ、つぎつぎと顔をだすおなじみのキャラクターたちを見るとやっぱり頬が緩まざるを得ないし、ライトセイバーをぶん回すジェダイたちはそれなりにカッコいいし、登場人物の行く末をすでにわかっているという”倒叙”的な楽しみかたもできたし、まあ、”最悪の事態”はまぬかれたというところか。ただ、実写版では描かれていない未知のストーリーを知ることができるのはSWファンとしてはもちろん嬉しいことだけど、ちゃちなCGでイメージが固定化されてしまうよりは実写版のクオリティを想像しながらノベライズを読むほうが健全な気もした。
「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」/台詞の全くない冒頭の15分間だけでも、ただならぬ雰囲気をプンプン漂わせている怪作(「ブギーナイツ」や「マグノリア」の監督が、いきなりこんなもんを撮るとは夢にも思わなんだ)。福田和也がオーソン・ウェルズと違ってパンフォーカスを使ってないから駄目だみたいな無茶な理由で(違ったかなw)週刊新潮にボロカス書いてた記憶があるが、どうしてなかなか、P.T.アンダーソンの空間とテンポと音に対する感性と人間に対する洞察力とが存分に発揮されている(「市民ケーン」が脳味噌で撮った映画なら、こっちは五感で撮った映画だろう)。多少の揺らぎを除けば、観客からの感情移入をいっさい拒みつづけるダニエル・デイ・ルイス演じる主人公の造形が最後まで徹底されているのも立派。地中から吸いだされる黒々とした石油が映画そのもののダイナミズムを生みだしながら、やがてそれがさまざまな比喩に昇華されていく展開には老練さすら感じる。石油も若さも野望も血縁関係もそして神の存在すらそのすべてを吸い尽くしたあとで、ついにルイスが”I'm finished."と呟くラストは圧巻のひとこと。このあとどこに行くんだ、P.T.?(笑)
「大いなる陰謀」/政治スリラーかなにかかと思って観始めたら、大いなる誤解。つーか、そもそもこんな邦題をつけたことこそ、大いなる陰謀(原題は「Lions for Lambs」)。ハリウッド大作でもなんでもなく、大物スター総出演のインディーズ映画といった赴き。ゴリゴリのタカ派共和党員のトム・クルーズと、挫折を抱えたリベラルなベテラン記者メリル・ストリープ。ベトナムと反戦運動の両方を経験している老教授のロバート・レッドフォードと、社会に無関心でスノッブを気どる富裕層出身の教え子。戦場の最前線に自ら志願して赴いたマイノリティ出身の若いふたりの兵士……それぞれのあいだで交わされる禅問答のような会話が交互に描かれていくにつれ現代アメリカの抱える問題の断層がつぎつぎと浮かびあがってくる脚本の緻密さと、特定の立場や思想に偏ることなくそれぞれを等しい距離で見つめる公平な視点とに、この映画の志と質の高さを感じた(”陰謀”なんか最後までひとつも出てこない。こりゃヒットしないわw)。一時間半ほどでスパッと迎える幕切れもなかなかのインディーズ風味。こりゃ力のある監督だなあと思ってクレジットを眺めてたら……レッドフォード本人じゃねえか! イーストウッドしかりレッドフォードにしかり、老いてますます映画に対する感性が若くなっている気がするのはなぜだ(笑)。ところでストリープは記者に、レッドフォードは教授にちゃんと見えたのに、クルーズはクルーズにしか見えなかったのがちょっと残念。やっぱりトムは永遠に”クルーズ印”の映画のなかでしか生きていけないのかな〜。
「潜水服は蝶の夢を見る」/実話としての重み、寓意に富むストーリー展開、詩情に溢れ、技術的な挑戦もある撮影(スピルバーグ映画の常連、ヤヌス・カミンスキー!)、役者陣の説得力、オーソドックスさとシュールさとがほどよくブレンドされた演出……どこを切りとっても素晴らしい。基本的には果てしなく絶望的な話なのに、悲しみも苦しみもすべてをくるみとるかのように迎えるあの愛に溢れたエンディングのカタルシスは、映画というメディアでしか表現し得ないと思う。この作品にはそんな奇跡のような映画的瞬間がいくつもある。感服。
「さらば、ベルリン」/ソダーバーグ監督のシネフィルぶり全開の映画(いつものことか)。1940年代に実際に使われてたレンズとかわざわざ使ってそう(知らないけどw)。ハリウッド黄金期のフィルムノワールをジョージ・クルーニーとケイト・ブランシェットでやったらどうなるか?……という興味でつくったんだと思うけど、特に現在とつながる問題提起があるわけでもないし”なぜいまこのタイミングで?”という疑問は最後まで解けず(趣味の映画だからしょうがないか)。基本的には当時の演出手法を模倣しながら、エロと暴力のシーンだけがなぜか現代的な演出になっているところが映画的挑戦なのかもしれないけど、それとて”だからなに?”感は拭えない。「カサブランカ」風のラストシーンで明かされる事件の真相も、驚くほど肩すかし。映画音楽ヲタ的には、音楽担当のトーマス・ニューマンがハリウッド黄金期を支えた父アルフレッドばりのフルオーケストラスコアを聞かせてくれたのが高得点だったけど。
「ベオウルフ/呪われし勇者」/パフォーマンスキャプチャー技術、スゲエエエ!……ということ以外は評価に困る映画(なんか、技術ばかりが突出していた世紀の失敗作「ファイナル・ファンタジー」を思い出してしまったw)。やけに大げさにカメラが移動したり被写体がやたらとカメラに迫ってきたりするのは3Dでの上映館を意識しているからだろうし、それをテレビ画面で観ている時点ですでに自分は正しい客じゃないよな。ただ、映画の後半、主人公が突然老境を迎える展開は予想外でちょっと面白かった。どうやら原作がそうなっている模様。「ベオウルフ」の原典て、最古の英文学作品なのね。勉強になった。
(※飛行機マニアの某プロデューサーに勧められて)「フライボーイ」/手堅い演出。素晴らしい撮影。飛行機による戦闘シーンの迫力もなかなか。にもかかわらず、せっかくの(?)実話が単なる”つくりごと”にしか見えてこないのは、全編に鳴り続ける音楽によるところが大きい。英雄の活躍をヒロイックに、恋の描写をロマンチックに音で盛りあげれば盛りあげるほど、嘘くささが際だってゆくという悪循環。戦争ってそんなに単純でもきれいでもないだろう……と思わせてしまったら、戦争ものはその時点で失敗。
「ディスタービア」/ヒッチコックの「裏窓」をB級ホラー映画のテイストで翻案し、そこに80年代の青春映画をかけ合わせたような不思議な映画(牧歌的な風景が突然の交通事故で一変する冒頭から、ナメてはいけない映画だとわかる)。この冒頭における父の死の悲しみを全編に渡ってほのかに漂わせながら、その一方で怪しい隣人のサスペンスを手堅く盛りあげつつ、なおかつ青春映画としても思春期のがさつさや甘酸っぱさをきちんと描きっている重層性がこの映画の美点。どう見ても平凡な田舎の高校生にしか見えないシャイア・ラブーフのリアルな演技も、それによく貢献している。スピルバーグは「未来のトム・ハンクス」だと言ってるらしいが、僕に言わせれば「未来のジミー・スチュワート」だ……って、単に「裏窓」からの連想かw
「L change the World」/自分が選ばれた客じゃないのわかっていたが、やはり特にエルものはなかった(←一応だじゃれ)。監督が替わったからなんらかの変化を期待してたんだけど、前作から大きな変化はなし(という意味では、前シリーズのファンに対しては誠実な作品だともいえる)。現役FBIの捜査官が南原清隆という安っぽさが、そのままこの映画のクオリティ(制作費がキツイのはわかるが、旅客機の鼻先のハゲた塗装くらいは直せなかったのだろうか)。松山ケンイチと平泉成だけがやけに浮いて見えるのは、ふたりの演技のレベルが他者より優れているからだと途中で気づいた。
「ALWAYS/続・三丁目の夕陽」/おそらく前作の興行的成功を受けてのことだろう、全体のつくりに余裕を感じた(冒頭のおふざけには素直に笑った)。昭和30年代の風景を再現したCGや美術は前作以上に健闘していると思うが、ただし人間ドラマのほうは相変わらず呆れるほど浅薄。当時の世相や登場人物それぞれの抱える問題がファストフード店のメニューよろしくつぎつぎと提示されては、安っぽいメロドロマとともにあっというまに解決してしまう(あんな程度の低い私小説、いくらなんでも芥川賞の候補にならんだろう……などと問題視する俺の方が間違ってるのか?)。画面の中の温度と匂いとリアリティの欠如……それがこの映画の最大の欠点だ思う。そういえば、エンドクレジットで流れるモノクロの8ミリ映像の方がよっぽど匂いを感じた。全編あんな感じで撮ればいいのに。
(※韓国の友人に勧められて)「河童のクゥと夏休み」/まず、自分の実家である某市が舞台で驚いた(笑)。所詮「E.T.」の亜流だろうと高をくくって観ていたら(前半はその予想を超えるものではなかったが)、辛辣な文明批評に大きく舵を切る後半からグイグイと引き込まれてしまった。E.T.には最後までエリオット少年がついていてくれていたが、クゥにはそれがない。そのクゥの孤独がそのまま時代や自然環境の喪失感とダブってゆく対比が見事。少年が河童を救うのではなく、少年が河童に救われるラストもいい(そこにおいて、「E.T.」との違いが鮮明になる)。そして最後の最後、本当の意味でひとりだちしたクゥの清々しいまでの潔さと深い悲しみに、不覚にも落涙。夏に観てよかった。
(※以下、書きこぼし)
「陽気なギャングが地球を回す」/話自体はよくできているし、ところどころ凝った映像も楽しい。ただ、”ギャングは日本には存在しない”というそもそも論を見事に突破した……とまでは言いがたいよなあ、やっぱり。日本人じゃ「オーシャンズ11」は所詮無理という証左。
「ウール100%」/見事な美術セット、前衛的な手法の確かさ、物語の輪郭がおぼろに浮かびあがってくる構成の妙……個人的には好きなタイプの作品ではないのに最後まで楽しませてくれのは、この作品のチカラ。
「酒井家のしあわせ」/少年の成長を丁寧に描いた愛すべき小品。ただ、ユースケ・サンタマリアと友近演じる夫婦は……どうしても”コント”の感じが拭えない。
(※追記)某シナリオコンクールから落選の一報。逆にやる気がでた。出直します。
……って、おーーーいっっっ!!!!!

と、まあそんな小ネタはともかく、いろいろ観てます。
「スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ」/Fさんと映画館で鑑賞。予想どおりとはいえ、”もしこれが実写だったら……”という幻影に最後までつきまとわれる作品。変にデフォルメされた動きのごこちない登場人物たちには感情移入がしづらいし、CG制作がILMではなく中国系(シンガポール?)のプロダクションだったり、音楽の演奏がロンドン交響楽団ではなくプラハ・フィルハーモニック・オーケストラだったり……と、全体的に安い感じが漂っているのも残念(それにしてもテーマ曲のあのヘンテコな編曲はなんだ?)。とはいえ、つぎつぎと顔をだすおなじみのキャラクターたちを見るとやっぱり頬が緩まざるを得ないし、ライトセイバーをぶん回すジェダイたちはそれなりにカッコいいし、登場人物の行く末をすでにわかっているという”倒叙”的な楽しみかたもできたし、まあ、”最悪の事態”はまぬかれたというところか。ただ、実写版では描かれていない未知のストーリーを知ることができるのはSWファンとしてはもちろん嬉しいことだけど、ちゃちなCGでイメージが固定化されてしまうよりは実写版のクオリティを想像しながらノベライズを読むほうが健全な気もした。
「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」/台詞の全くない冒頭の15分間だけでも、ただならぬ雰囲気をプンプン漂わせている怪作(「ブギーナイツ」や「マグノリア」の監督が、いきなりこんなもんを撮るとは夢にも思わなんだ)。福田和也がオーソン・ウェルズと違ってパンフォーカスを使ってないから駄目だみたいな無茶な理由で(違ったかなw)週刊新潮にボロカス書いてた記憶があるが、どうしてなかなか、P.T.アンダーソンの空間とテンポと音に対する感性と人間に対する洞察力とが存分に発揮されている(「市民ケーン」が脳味噌で撮った映画なら、こっちは五感で撮った映画だろう)。多少の揺らぎを除けば、観客からの感情移入をいっさい拒みつづけるダニエル・デイ・ルイス演じる主人公の造形が最後まで徹底されているのも立派。地中から吸いだされる黒々とした石油が映画そのもののダイナミズムを生みだしながら、やがてそれがさまざまな比喩に昇華されていく展開には老練さすら感じる。石油も若さも野望も血縁関係もそして神の存在すらそのすべてを吸い尽くしたあとで、ついにルイスが”I'm finished."と呟くラストは圧巻のひとこと。このあとどこに行くんだ、P.T.?(笑)
「大いなる陰謀」/政治スリラーかなにかかと思って観始めたら、大いなる誤解。つーか、そもそもこんな邦題をつけたことこそ、大いなる陰謀(原題は「Lions for Lambs」)。ハリウッド大作でもなんでもなく、大物スター総出演のインディーズ映画といった赴き。ゴリゴリのタカ派共和党員のトム・クルーズと、挫折を抱えたリベラルなベテラン記者メリル・ストリープ。ベトナムと反戦運動の両方を経験している老教授のロバート・レッドフォードと、社会に無関心でスノッブを気どる富裕層出身の教え子。戦場の最前線に自ら志願して赴いたマイノリティ出身の若いふたりの兵士……それぞれのあいだで交わされる禅問答のような会話が交互に描かれていくにつれ現代アメリカの抱える問題の断層がつぎつぎと浮かびあがってくる脚本の緻密さと、特定の立場や思想に偏ることなくそれぞれを等しい距離で見つめる公平な視点とに、この映画の志と質の高さを感じた(”陰謀”なんか最後までひとつも出てこない。こりゃヒットしないわw)。一時間半ほどでスパッと迎える幕切れもなかなかのインディーズ風味。こりゃ力のある監督だなあと思ってクレジットを眺めてたら……レッドフォード本人じゃねえか! イーストウッドしかりレッドフォードにしかり、老いてますます映画に対する感性が若くなっている気がするのはなぜだ(笑)。ところでストリープは記者に、レッドフォードは教授にちゃんと見えたのに、クルーズはクルーズにしか見えなかったのがちょっと残念。やっぱりトムは永遠に”クルーズ印”の映画のなかでしか生きていけないのかな〜。
「潜水服は蝶の夢を見る」/実話としての重み、寓意に富むストーリー展開、詩情に溢れ、技術的な挑戦もある撮影(スピルバーグ映画の常連、ヤヌス・カミンスキー!)、役者陣の説得力、オーソドックスさとシュールさとがほどよくブレンドされた演出……どこを切りとっても素晴らしい。基本的には果てしなく絶望的な話なのに、悲しみも苦しみもすべてをくるみとるかのように迎えるあの愛に溢れたエンディングのカタルシスは、映画というメディアでしか表現し得ないと思う。この作品にはそんな奇跡のような映画的瞬間がいくつもある。感服。
「さらば、ベルリン」/ソダーバーグ監督のシネフィルぶり全開の映画(いつものことか)。1940年代に実際に使われてたレンズとかわざわざ使ってそう(知らないけどw)。ハリウッド黄金期のフィルムノワールをジョージ・クルーニーとケイト・ブランシェットでやったらどうなるか?……という興味でつくったんだと思うけど、特に現在とつながる問題提起があるわけでもないし”なぜいまこのタイミングで?”という疑問は最後まで解けず(趣味の映画だからしょうがないか)。基本的には当時の演出手法を模倣しながら、エロと暴力のシーンだけがなぜか現代的な演出になっているところが映画的挑戦なのかもしれないけど、それとて”だからなに?”感は拭えない。「カサブランカ」風のラストシーンで明かされる事件の真相も、驚くほど肩すかし。映画音楽ヲタ的には、音楽担当のトーマス・ニューマンがハリウッド黄金期を支えた父アルフレッドばりのフルオーケストラスコアを聞かせてくれたのが高得点だったけど。
「ベオウルフ/呪われし勇者」/パフォーマンスキャプチャー技術、スゲエエエ!……ということ以外は評価に困る映画(なんか、技術ばかりが突出していた世紀の失敗作「ファイナル・ファンタジー」を思い出してしまったw)。やけに大げさにカメラが移動したり被写体がやたらとカメラに迫ってきたりするのは3Dでの上映館を意識しているからだろうし、それをテレビ画面で観ている時点ですでに自分は正しい客じゃないよな。ただ、映画の後半、主人公が突然老境を迎える展開は予想外でちょっと面白かった。どうやら原作がそうなっている模様。「ベオウルフ」の原典て、最古の英文学作品なのね。勉強になった。
(※飛行機マニアの某プロデューサーに勧められて)「フライボーイ」/手堅い演出。素晴らしい撮影。飛行機による戦闘シーンの迫力もなかなか。にもかかわらず、せっかくの(?)実話が単なる”つくりごと”にしか見えてこないのは、全編に鳴り続ける音楽によるところが大きい。英雄の活躍をヒロイックに、恋の描写をロマンチックに音で盛りあげれば盛りあげるほど、嘘くささが際だってゆくという悪循環。戦争ってそんなに単純でもきれいでもないだろう……と思わせてしまったら、戦争ものはその時点で失敗。
「ディスタービア」/ヒッチコックの「裏窓」をB級ホラー映画のテイストで翻案し、そこに80年代の青春映画をかけ合わせたような不思議な映画(牧歌的な風景が突然の交通事故で一変する冒頭から、ナメてはいけない映画だとわかる)。この冒頭における父の死の悲しみを全編に渡ってほのかに漂わせながら、その一方で怪しい隣人のサスペンスを手堅く盛りあげつつ、なおかつ青春映画としても思春期のがさつさや甘酸っぱさをきちんと描きっている重層性がこの映画の美点。どう見ても平凡な田舎の高校生にしか見えないシャイア・ラブーフのリアルな演技も、それによく貢献している。スピルバーグは「未来のトム・ハンクス」だと言ってるらしいが、僕に言わせれば「未来のジミー・スチュワート」だ……って、単に「裏窓」からの連想かw
「L change the World」/自分が選ばれた客じゃないのわかっていたが、やはり特にエルものはなかった(←一応だじゃれ)。監督が替わったからなんらかの変化を期待してたんだけど、前作から大きな変化はなし(という意味では、前シリーズのファンに対しては誠実な作品だともいえる)。現役FBIの捜査官が南原清隆という安っぽさが、そのままこの映画のクオリティ(制作費がキツイのはわかるが、旅客機の鼻先のハゲた塗装くらいは直せなかったのだろうか)。松山ケンイチと平泉成だけがやけに浮いて見えるのは、ふたりの演技のレベルが他者より優れているからだと途中で気づいた。
「ALWAYS/続・三丁目の夕陽」/おそらく前作の興行的成功を受けてのことだろう、全体のつくりに余裕を感じた(冒頭のおふざけには素直に笑った)。昭和30年代の風景を再現したCGや美術は前作以上に健闘していると思うが、ただし人間ドラマのほうは相変わらず呆れるほど浅薄。当時の世相や登場人物それぞれの抱える問題がファストフード店のメニューよろしくつぎつぎと提示されては、安っぽいメロドロマとともにあっというまに解決してしまう(あんな程度の低い私小説、いくらなんでも芥川賞の候補にならんだろう……などと問題視する俺の方が間違ってるのか?)。画面の中の温度と匂いとリアリティの欠如……それがこの映画の最大の欠点だ思う。そういえば、エンドクレジットで流れるモノクロの8ミリ映像の方がよっぽど匂いを感じた。全編あんな感じで撮ればいいのに。
(※韓国の友人に勧められて)「河童のクゥと夏休み」/まず、自分の実家である某市が舞台で驚いた(笑)。所詮「E.T.」の亜流だろうと高をくくって観ていたら(前半はその予想を超えるものではなかったが)、辛辣な文明批評に大きく舵を切る後半からグイグイと引き込まれてしまった。E.T.には最後までエリオット少年がついていてくれていたが、クゥにはそれがない。そのクゥの孤独がそのまま時代や自然環境の喪失感とダブってゆく対比が見事。少年が河童を救うのではなく、少年が河童に救われるラストもいい(そこにおいて、「E.T.」との違いが鮮明になる)。そして最後の最後、本当の意味でひとりだちしたクゥの清々しいまでの潔さと深い悲しみに、不覚にも落涙。夏に観てよかった。
(※以下、書きこぼし)
「陽気なギャングが地球を回す」/話自体はよくできているし、ところどころ凝った映像も楽しい。ただ、”ギャングは日本には存在しない”というそもそも論を見事に突破した……とまでは言いがたいよなあ、やっぱり。日本人じゃ「オーシャンズ11」は所詮無理という証左。
「ウール100%」/見事な美術セット、前衛的な手法の確かさ、物語の輪郭がおぼろに浮かびあがってくる構成の妙……個人的には好きなタイプの作品ではないのに最後まで楽しませてくれのは、この作品のチカラ。
「酒井家のしあわせ」/少年の成長を丁寧に描いた愛すべき小品。ただ、ユースケ・サンタマリアと友近演じる夫婦は……どうしても”コント”の感じが拭えない。
(※追記)某シナリオコンクールから落選の一報。逆にやる気がでた。出直します。
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